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81歳の友人、勢子さんは戦後初めてシンガポールの地を踏んだ日本人

2011年06月27日 08:25

こんにちは。


シンガポールは、今日も朝から「攻め」の日差しが降り注いでいます


ちょうど先週末、夫婦で長年仲良くしているシンガポール人ご夫妻が
念願の北海道旅行へと出発したのですが
私達も先月は、まだ寒さの残る知床、釧路などを巡っていたんだわ・・・と思うと
感慨深いです。

たった一か月前のことなのに、遠い日の記憶のような・・・
不思議ですね。


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日本の友人の情報によると
まだまだ、北海道、北陸、東北のあたりは
朝晩は冷え込み、肌寒い日が多いと聞きます。


一方で、関東地方は、暑さが厳しいようですね。


           


シンガポールも、とても小さな国ながら
地域によって、お天気が全く異なる時があります。



すべてトンネルの高速道路(TPE)を通って約10分のドライブ。

トンネルを抜けると、そこは土砂降りだったという経験が何度かありますよ



さて、そろそろ本題へ・・・




今日は、私の大切な友人の一人、勢子さんを
ご紹介させてください





photo_2.jpg



偶然に導かれて・・・なんて言うと
メルヘン過剰な表現なんですが(笑)


出会ったのは数年前。とてもハイカラなおばあちゃま
とにかく好奇心旺盛で、若い人と交わることが大好きという印象だったのですが


お話を伺ううちに、勢子さんが「ミセス陳」ということが判明し
本当にびっくり


・・・というのも、この本は、10年以上前に出版されたのですが
当時、結婚したばかりの私にとって
まさにバイブルともいえる大切な宝物だったので



先日、どうしていらっしゃるかな・・・?と思い
お電話しました。

とてもお元気そう
近況を、あれこれ話して下さいました。


最後に


「のりこちゃ~ん、遊びにいらっしゃいねぇ。ご飯食べに来てちょうだい。
今、ばたばたしてるから、8月になったらね。 来週から地中海クルーズに行くの。」


え・・・?
確か、去年も、その前も
地中海クルーズに行っているはず・・・・・・・


もう、スケールが違いますね



       


勢子さんの生きてきた道を一人で伺っているのは
大変もったいないと、いつも思うのです。



今後、折りを見て
このブログで、ご紹介させていただきますね。


楽しみにしていて下さい



最後に、著書「ミセス陳とよばれて」の説明を少し。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

朝鮮半島で生まれた筆者は、敗戦の混乱のなかを日本に引き揚げてくる。
父はむこうで船舶の商売をしていたが、敗戦とともにすべてを失い、身ひとつの帰国であった。

OLとして働きに出る彼女。そして、やがて夫となる華僑の青年と出会う。
ふたりは恋に落ち、勢子は親戚中の反対を押し切って、シンガポールへ嫁ぐことにする。

日本人であることが明らかになれば何が起こるかわからない1950年代のシンガポール。
彼女は日本人であることを隠し、大陸生まれの儀文と名前を変える必要があった。


纏足をしていた古いタイプの華僑の姑との関係や
中国語と英語の狭間で揺れるシンガポールの教育問題
病との闘い、そしてもちろん日本人による虐殺の傷跡
マレーシアからの独立運動など

戦後シンガポールの土を踏んだ最初の日本人である著者が見た、シンガポールの半世紀


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




今週末は、もう7月
はやいですね。


どうぞ、素敵な1週間をお過ごし下さい



noriko


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